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肩の痛みについて

2020/10/14
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※週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療2020』より

 

多くの日本人が悩む肩の痛み。たんなる肩こりと異なるつらい痛みや動きの制限があれば、早めに専門医にかかり、正確な診断・治療を受ける必要がある。週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療2020』では、中高年以降に多く起こる肩腱板断裂の症状や原因、治療法について専門医に取材した。

 

【データ】「肩の痛み」かかりやすい性別や主な症状は?

 

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「肩腱板」とは、腕の骨である上腕骨と、肩甲骨をつなぐ板状の腱のこと。肩関節は可動域が大きな関節で、肩腱板は上腕骨頭が肩甲骨の受け皿部分(関節窩)にしっかりとはまってずれないように保つ重要な働きをしている。

 

肩腱板は、肩をぶつける、ひねる、重いものを持つなどの外傷をきっかけに断裂することがある。また外傷がなくても、肩をよく使うスポーツや家事での反復動作の繰り返しや、加齢による組織の変性が原因となり、多くの高齢者の肩腱板に損傷や断裂が見られる。

 

船橋整形外科病院スポーツ医学・関節センター長の菅谷啓之医師はこう話す。

 

「肩腱板断裂は40歳以下に起こるのはまれですが、その発症率は加齢とともに増加します。肩腱板断裂はX線検査ではわかりません。MRI(磁気共鳴断層撮影)検査や超音波検査で診断すると、60歳では約5人に1人、80歳では約2人に1人にみとめられます。外傷により急激に大きな断裂が起こると激しい肩の痛みが表れ、すぐに手術をすることもありますが、高齢者などで徐々に腱板が切れると、自覚症状がまったくないケースも珍しくありません」

 

肩腱板断裂の典型的な自覚症状として、腕を上げ下げする際の肩の痛みや引っかかり感、脱力などが表れるようになる。

 

腕の上げ下げの際、胸から肩の高さでは痛むが上げきると痛くない、上げた腕を下ろすとき、引っかかって痛いといった症状がある。

 

肩関節には腕を動かす深層筋である棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の四つの腱板がついており、腱板について同愛記念病院整形外科の中川照彦医師は次のように説明する。

 

「もっとも切れやすいのは棘上筋ですが、広範囲に断裂が及ぶこともあります。症状の出方は、断裂の部位と程度によって違ってきます。1センチ以内は小断裂、3センチまでは中断裂、3センチ以上は大断裂と呼ばれ、初期のほとんどは一部が切れる不完全断裂ですが、放置すると完全断裂に移行し、自然に治ることはありません」

 

 

一方、ひとつの腱板が切れていても、残りの腱板がうまく機能して補えれば、肩が動いて無症状で過ごせることも多いという。

 

■腕が上がる点で五十肩と異なる

 

肩腱板断裂は不完全断裂の場合、五十肩と症状が似ているために、なかには長期にわたり五十肩と誤診されていることがある。

 

「肩腱板断裂は、痛みのせいで腕を上げられなくても、反対の手で支えれば上がるのが特徴です。それに対して五十肩は、他の人が持ち上げても腕が上にも横にも後ろにも動かない、動きの制限がある点で異なります。正確に診断するには、医療機関を受診して専門医に診てもらう必要があります」(中川医師)

 

肩腱板断裂も五十肩同様、まずは、薬物治療とリハビリによる保存療法を積極的におこなう。

 

痛みがあるときには安静にし、薬物療法で炎症を取り、痛みを軽減させる。症状の程度に合わせて、消炎鎮痛薬の内服、外用剤などを用いる。

 

「肩の痛みに対しては、非ステロイド性消炎鎮痛薬では効果がいまひとつのことがあり、痛みが強い場合はオピオイド系鎮痛薬のトラマドールを用いたり、関節内で骨の動きを滑らかにする作用があるヒアルロン酸や抗炎症効果の強いステロイドの局所注射をしたりします。注射は打つ場所が適切でないと効果が出ないため、肩関節を専門とする医師の治療を受けるべきでしょう」(菅谷医師)

 

炎症が治まった後は、肩関節の動きを改善したり、筋力を強化したりするためのリハビリ治療が重要になる。それらが奏効しないとき、手術が検討される。

 

「正しいリハビリで無症状にもっていける症例は多く、実際に肩腱板断裂で手術の対象になるのは半数以下です」(同)

 

「注射で夜間痛が取れず夜眠れないなど、保存療法でも満足のいく改善が得られず、つらい痛みが半年近く続く場合には、患者さんの希望を聞いたうえで切れた腱板をつなぐ手術を選択します」(中川医師)

 

■術後の痛みが少ない手術が主流に

 

また、断裂が大きい場合には、早めの手術が必要だ。腕の上げ下げのときに上腕骨頭が上下に動いて上方の肩峰に衝突するため、そのまま放置すれば最終的に肩関節が破壊されて変形性肩関節症に進行し、人工関節になる可能性もあるためだ。

 

肩腱板断裂の手術は、肩に数カ所の小さな穴を開けて関節内視鏡や手術器具を挿入しておこなう「関節鏡視下手術」が主流となっている。からだへの負担が小さく、手術後の痛みが少ないのが利点だ。スーチャーブリッジ法と呼ばれる方法で、縫合糸のついたビスを骨に打ち込み、切れた腱板を引っ張ってきて骨に縫着させる(イラスト参照)。関節鏡視下手術は技術と経験が必要なため、治療経験豊富な病院で手術を受けることが勧められる。

 

「高齢者では、腱板自体の筋肉が痩せているために切れた腱板を引っ張っても硬くて戻らず、手術が難しいケースもあります。断裂の大きさに加えて、患者さんの年齢、活動性、職業、生活習慣などを考慮したうえで、手術するかどうかを決定します」(同)

 

手術後には一度剥がれた腱が骨に癒合するまでに長い時間がかかる。大断裂では術後4週間は外転枕を装着して固定する必要があり、完全に腱が骨にくっついて自力で腕を上げられるまでには通常8週間ほどを要する。

 

「手術後に再び腱板が切れてしまう術後再断裂は、その8割が3カ月以内に起こります。組織修復において重要な時期なので、負担がかからないようなリハビリをおこなっていきます」(菅谷医師)

 

手術をした後にも、完治するまで適切なリハビリを続けることが不可欠だ。

 

(文・坂井由美)

 

≪取材協力≫

船橋整形外科病院 スポーツ医学・関節センター長 菅谷啓之医師

同愛記念病院 整形外科・副院長 中川照彦医師