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けがをした時の対象法(RICE処置の現在)

2020/11/11
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※AERA dot.より抜粋

 

 

私たちは、ひざをぶつけたり、足首を捻挫したりしたとき、よく氷などを当ててけがしたところを冷やします。そうすれば腫れや痛みを抑えられると考えている人が、多いことでしょう。また、野球の投手が登板後、疲労した肩やひじにアイスパックの入ったベルトを巻いて、冷やしながらケアをしている姿も目にします。スポーツの現場では、けがの応急処置やスポーツ障害の予防のため、患部を冷やす「アイシング」がおこなわれています。

 

ですが、最近のスポーツ医科学の進歩により、アイシングがからだの回復にとって逆効果になる場合があることが指摘されています。アイシングの効果と、正しい方法について、日本スポーツ医学財団理事長の松本秀男医師に教えてもらいます。

 

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スポーツの活動中、打撲や骨折などの突発的なけがを負うことがあります。頭や首などの重症外傷の場合は、むやみに動かさずすぐ救急車を呼ぶべきですが、軽傷の打撲や捻挫などの場合は病院で治療してもらうまでの間に、応急処置をすることが重要です。それによって損傷部位のダメージを最小限にとどめ、早期の回復を目指すことができるからです。

 

その応急処置は、一般に「RICE療法」として知られています。以下の四つを基本とし、それぞれの頭文字をとって命名されています。

 

(1)Rest(安静)

運動をすぐにやめ、患部を動かさないようにして安静を保ちます。血液循環を抑制し、損傷部位の内出血や腫れ、血管・神経の損傷を防ぐことが目的です。

 

(2)Ice(冷却)

ビニール袋や氷嚢(ひょうのう)に氷を入れて、患部に当てて冷却します。冷やすことで、痛みを軽減し、血管を収縮させて炎症や出血を抑えます。

 

(3)Compression(圧迫)

患部を、弾性包帯などで圧迫ぎみに固定します。周囲の組織の血管を圧迫することにより、患部の内出血や腫れを防ぎます。強く圧迫しすぎると、血行障害や神経麻痺を起こすことがあるので注意しましょう。

 

(4)Elevation(挙上)

患部を心臓より高く上げて、けがした部位に血液がたまることを防ぎます。内出血や腫れを抑えます。

 

 

このRICE療法の2番目の「アイシング」は、私たちにとって身近な方法です。とくに患部がジンジンして痛いとき、その部位を冷やすのは普通のことのように思われます。

 

その第一の理由は、「痛み」が和らぐと実感しているからでしょう。それは科学的にも明らかであり、アイシングには以下のような作用があります。

 

・冷やすことで、痛みを感じる神経の伝達スピードが遅くなる。

・温度が下がると、からだの中の痛みを感じ取るセンサーである侵害受容器の閾値(いきち)が上がり、痛みを感じにくくなる。

 

さらにもう一つ、「内出血」や「腫れ」を抑える作用もあります。

 

・血管を収縮させて、内出血や腫れを防ぐ。

・局所の炎症反応を鎮める。

 

アイシングのやり方としては、1回15~20分程度までを限度として、患部を冷やし過ぎないように注意しましょう。アイシングの感受性には個人差があります。患部の感覚がなくなるまでやるのはやり過ぎで、痛みをみながら徐々に冷やすようにします。氷点下の氷や保冷剤を使うと、凍傷を起こすこともあるため、溶けかけの氷(0度)を氷嚢やビニール袋に入れて、タオルなどでくるんで用いると最適です。

 

しかし、じつは最近、スポーツ医学の世界で、アイシングに対して否定的な研究も発表されています。それは、「炎症反応は自然治癒に必要なプロセスであり、むやみにアイシングをして抑えれば、かえって治癒を遅らせる」というものです。

 

私たちのからだは、けがにより組織が損傷すると、短時間のうちにダメージを受けた組織を排除し、新しく再生しようとします。この生体の自然治癒の過程で、炎症反応性細胞からさまざまな種類の炎症性サイトカインと呼ばれる物質が分泌され、それらが相互に作用することによって組織修復がおこなわれています。そしてアイシングは、その邪魔をするとして、一部でアイシングを見直すべきだという動きが出てきているのです。

 

確かに、炎症はからだにとって必要な生理学的な反応です。しかし、その炎症反応がときに過剰になる傾向があるという点が、問題なのです。アイシングの利点は、治癒過程で痛みを和らげるとともに、その過剰反応を抑える効果にあります。

 

 

つまり、アイシングは全否定されるべきではなく、時と場合を選んでおこなうことが重要だと考えられます。適応についての科学的なエビデンスはまだまだ十分ではありませんが、たとえば外傷の急性期など、明らかな炎症があるときには、アイシングを積極的におこなうことが推奨されていいでしょう。

 

また、アイシングはけがの応急処置のほかにも、スポーツ障害の予防やケア、疲労回復の促進などのコンディショニングを目的として実施されています。

 

たとえば、野球では、投手がピッチングの後に肩やひじへのアイシングをしています。経験的に「疲労感の軽減」など、アイシングの効果を実感する選手やトレーナーが多数いますが、その一方で明確な効果を感じないまま習慣としてアイシングをおこなっている選手もいるようです。

 

最近では、プロ野球の選手やメジャーリーガーでも、投球後にアイシングをする投手と、しない投手とがいます。アイシングは、肩・ひじを酷使したことにより痛みや炎症が発生している場合に適しています。投手が痛みや熱感を感じているかをチェックして、適応を見きわめることが大切です。もしアイシング後に、投球の精度が低下する、だるくなる、動きが悪くなるといったデメリットを感じたら、アイシングをしないほうがよいでしょう。

 

そのほか、アイシングは慢性疼痛のリハビリ療法でも活用されています。痛みがあると、筋肉の過緊張が起こり、スパズムと呼ばれる筋の攣縮(れんしゅく)が表れて痛みが増強することがあります。そのようなときに適度にアイシングをおこなうと、痛みとスパズムをともに減らして、筋肉のこわばりを解除したり、関節可動域を拡大したりできるため、リハビリの効果が向上するのです。

 

また、全身のアイシングで疲労回復をはかる場合もあります。たとえばトップアスリートたちの中には、炎暑下での試合や練習の後や、ハードなトレーニングの終了後などに、アイスバスを利用する選手が数多くいます。アイスバスは、水温10~15度くらいの冷水を入れた浴槽に、5~15分程度つかるものです。疲労したからだのクールダウン、精神のリフレッシュなどにより、身体回復を早める効果があると考えられ、普及しています。

 

以上のように、アイシングは応急処置やケアにおいて重要な手段です。適応とタイミングをみきわめて、上手にアイシングを活用し、ベストコンディションを保ちながらスポーツを楽しみましょう。