腰部脊柱管狭窄症と腰椎椎間板ヘルニアについて
日常生活に支障をきたしたり、生活の質を下げたりする、腰痛。それを引き起こす代表的な病気が、腰部脊柱管狭窄症と腰椎椎間板ヘルニアだ。どのような病気なのか、またその治療法について、2人の医師に話を聞いた。
■腰部脊柱管狭窄症
歩くとしびれや痛みが出る加齢で誰でもなり得る病気
60代以降の人に起こりやすい腰の病気が「腰部脊柱管狭窄症」だ。病院にかかっていない人も含めると、全国で約370万人が罹患しているという推計が出ている。北里大学病院副院長であり、整形外科科長兼主任教授の高相晶士医師は「老化現象の一つで、誰でもなり得る病気です。加齢によって腰を構成する組織が変化することで起こります」と話す。
主な症状は、腰痛、お尻や足の痛み、下半身のしびれだ。大阪南医療センターの副院長であり、医療安全管理室長兼骨・運動器疾患センター部長の小田剛紀医師は、次のように話す。
「前屈みにして歩くと脊柱管が広くなって症状が楽になる一方で、背筋を伸ばした良い姿勢を続けていると痛くなります。したがって『自転車や押し車などを使うと前屈みになるので移動しやすい』という人は多いです」
進行すると、陰部にかけての知覚障害やほてり感、下半身の筋力低下、尿が出づらい、尿もれといった排尿障害が出ることもある。
また、安静時には症状がないのに歩くとしびれや痛みなどで歩けなくなり、少し休息するとそれがおさまる間欠性跛行(かんけつせいはこう)も、この病気ならではの大きな特徴だ。50メートルほどしか歩けない人もいれば、15分くらい歩ける人もいて、個人差がある。
60代以上の人でこの症状が出ている場合は、腰部脊柱管狭窄症であることが多い。しかし、足の血管が詰まる病気である閉塞性動脈硬化症でも同じような症状を示すため、自己判断は禁物だ。ちなみに、腰痛にも脊椎・脊髄腫瘍、腎臓がん、膵臓がん、化膿性脊椎炎などが隠れていることもある。
背骨のなかで腰の骨(腰椎)は五つあり、上から順に第1から第5腰椎と呼ばれている。それぞれの骨と骨の間にあるのが椎間板で、衝撃を吸収したり、骨を接続してからだを曲げるのを支えたりする役割を果たしている。背骨の後ろ側で管のような形状になっているのが脊柱管だ。この太さは15ミリほどと言われているが、生まれつき細い人もいる。
脊柱管の中には脳から下半身へと続く重要な神経が通っていて、腰の部分では馬のしっぽのような形をした馬尾と、そこから左右の足へ細く枝分かれをした神経根と呼ばれるものがある。
腰部脊柱管狭窄症はその名のとおり、腰の部分の脊柱管が狭くなって圧迫される病気である。大きな原因は、加齢だ。とくに腰椎の下部である、4番と5番の間、5番と仙骨の間などで起こりやすい。
「加齢によって椎間板がすり減り、そこにかかる負荷が大きくなると、防御反応として靱帯が分厚くなったり、新たな骨(骨棘)ができたりします。そうして脊柱管が狭くなって、中の神経が圧迫され、症状が起きるのです。腰椎椎間板ヘルニアを患うなどして腰が弱い人は、罹患する可能性はやや高いと言えます」(高相医師)
「加齢に伴い、椎間板の弾力性がなくなって膨らんだり、骨と骨をつないでいる靱帯が分厚くなったり、椎体が変形して骨の棘(骨棘)が形成されたりする複合要因で、結果として脊柱管が狭くなります」(小田医師)
もう一つの原因として、腰の骨がずれることによって脊柱管が狭くなり神経が圧迫される「腰椎すべり症」がある。すべり症には、閉経後の中高年女性に多い「変性すべり症」と、子どものときに腰の骨の一部分が骨折することにより発生する「分離すべり症」の2種類があるが、腰部脊柱管狭窄症の原因となるのは主に変性すべり症である。
「腰椎すべり症は骨にずれが生じ、脊柱管が折れ曲がったようになります。腰部脊柱管狭窄症は男女ともに起きますが、変性すべり症は60~70代の女性に多い傾向にあります」(同)
腰部脊柱管狭窄症と変性すべり症という二つの病名があり、むずかしく感じる人がいるかもしれないが、すべり症が原因でそこを通る神経が圧迫され症状が出ている場合、脊柱管としては狭い状態になっており、腰椎変性すべり症は腰部脊柱管狭窄症のなかに含められる。
神経が圧迫される箇所によって、馬尾が圧迫されている「馬尾型」、神経根が圧迫されている「神経根型」、両者が混在した「混合型」の三つに分類される。
「馬尾型は、お尻から太もも・ふくらはぎの外側や後ろ側にしびれを感じ、両側に症状が出ます。座っているときや数分動く程度ではほとんど痛みは出ず、立ち続けたり歩き続けたりすると症状が出現します。両足のしびれを主症状とする間欠性跛行や尿が出づらいなどの排尿障害を伴っている場合などはこのタイプです」(同)
神経根型では、上半身を反らせたときの腰痛に加え、腰から足にかけて左右どちらかに痛みが起こる。両者の特徴をあわせもつのが混合型だ。
「ゆっくりと進行する病気ですが、しびれが出始めたら受診したほうがいいでしょう。残念ながらしびれは非常に治りにくいからです。ごく一部の人は改善しますが、ほとんどの人はどの治療を受けてもとれません。でも診断されたからといって焦る必要はなく、薬物療法やリハビリテーション、コルセットの装着などの保存療法でかなりの人が改善します」(高相医師)
メインとなる薬物療法では、痛みや神経の炎症を抑える非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)、神経周囲の末梢の血管を広げて血流を改善することで足のしびれや痛みなどを改善し、歩行距離を延ばす効果も大きいプロスタグランジンE1誘導体製剤(総称名リマプロストアルファデクス)、末梢神経の障害によるしびれや痛みをやわらげる神経障害性疼痛緩和薬のプレガバリン(商品名リリカ)、強い鎮痛効果があるアセトアミノフェン配合のオピオイド鎮痛薬(商品名トラムセット)などを使う。改善して数カ月で服用を卒業する人もいれば、数年以上服用し続ける人もいるという。
内服薬で改善しない場合、神経やその周囲に局所麻酔薬やステロイド薬を注射し、神経の働きを一時的に遮断する神経ブロック療法をおこなう。
そうした保存療法でも改善しない場合、手術が検討される。
「間欠性跛行で100メートル歩けなくなった場合や、神経ブロック療法でも効かない場合は手術を検討します。患者さんのうち、20%前後が手術を受けています」(高相医師)
「間欠性跛行がある場合は、患者さん本人が『どのレベルの生活を望むか』が治療の目標として重要になります。つまり、どのくらい歩き回りたいかです。自宅での生活が主体であまり出歩かない人もいれば、買い物や登山、旅行などが好きでアクティブな人もいますから。症状と活動度などを総合的に検討し、目標に合った治療を選ぶことになります」(小田医師)
手術は、背中側から背骨の一部を削って神経の圧迫を取り除き症状の緩和を目指す「除圧術」と、除圧に加えて骨と骨の間を金属のスクリューなどで固定する「固定術」の二つに大きく分けることができる。腰に不安定性のある人や変性すべり症の人は固定術が選択されることが多い。
「高齢者では、背骨が大きく曲がる成人脊柱変形を併発している人がいます。そういうケースでは狭窄が起きている上に背骨が曲がっているので、手術で姿勢の改善を得る必要があり、変形を矯正して固定をする『矯正固定術』をおこなう場合があります」(同)
小田医師は「老化は、個人差がとても大きいのです。例えば、80代で姿勢がいい人もいれば、もっと若くして姿勢が崩れる人もいます」と話す。予防についてはどうしたらいいのだろうか。
「腰に不安定性があったり、からだを支える体幹に硬さがあったりすると、腰に負担がかかりやすくなります。日常生活でなるべく腰への負担を減らし、さらに負担がかかったとしても耐えられるような強い腰をつくりましょう」(高相医師)
■腰椎椎間板ヘルニア
腰痛に加え足にも痛みが出るが、約8割の人は自然に改善する
20~40代といった比較的若い年齢層に起きる病気が、「腰椎椎間板ヘルニア」だ。腰に負担をかける仕事やスポーツ、動作によって起こることが多く、突然発症するケースもある。
病名から腰痛をイメージする人が多いかもしれないが、足に痛みが広がって歩きづらくなることが典型的な症状。多くの場合、片足が痛くなる。飛び出した椎間板が神経を圧迫して強い痛みを引き起こしているのだ。
はみ出した椎間板が神経根を圧迫すると、お尻から足にかけて走行する坐骨神経に沿って痛み(坐骨神経痛)が起こる。進行すると、足に力が入らない、足首を動かしにくくなる場合もあり、また大きなヘルニアで馬尾神経が圧迫されると排尿・排便障害が起こる場合もある。
「椎間板は、中心にゼリー状の髄核が、その周囲にコラーゲンを含む線維輪があります。あんパンがつぶれ、パンを突き破ってあんが出たところを想像してみてください。このあんの部分が髄核で、パンにヒビが入ってあんが後ろや横に飛び出した状態が腰椎椎間板ヘルニアです」(高相医師)
「若い人がよく発症する理由は、若い人のほうが椎間板の弾力性が高く、その分、椎間板内部にある髄核が飛び出しやすいためです。なお、痛みの程度には個人差があり、動ける人もいれば腰が伸ばせないほど痛い人もいます」(小田医師)
神経が前から後方へと圧迫されているタイプと、前から圧迫された上に後ろからも脊柱管や靱帯によって挟み込まれているタイプがあり、後者の場合は前屈みのときだけでなく、上半身を反らせたときにも痛み、腰部脊柱管狭窄症を併発している。
原因ははっきりしていないものの、二つ考えられる。一つは環境要素。腰椎はからだを支えている上に前湾した形状で、下部のほうが動きやすい構造のため、下にいくほど負担が大きい。腰部脊柱管狭窄症と同様に腰椎の4番と5番の間、5番と仙骨の間などで起こりやすいのだ。運輸や清掃、介護、看護、立っていることが多い調理など、腰に負担を多くかける職業の人が、腰椎の下部を痛めて発症している。
もう一つが遺伝的要素。背骨の構造や椎間板が弱い家系が少なからずいるという。例えば、両親が腰椎椎間板ヘルニア経験者の場合、遺伝的要素がまったくない人と比べればかかりやすいと言えるだろう。
ただし、からだが腰椎椎間板ヘルニアの状態になっていても、まったく症状が出ない人もいる。
「無症状の人たちの共通項ははっきりわかっていません。神経に当たっているから痛くなるのではなく、免疫が悪さをして症状が出るのではないかなど、諸説考えられています。治療をして画像所見ではまだヘルニアがあるのに『よくなりました』と言う人もいます。つまり、画像所見と臨床症状が一致しない病気なのです。でも、がんのような病気は放っておいたらいけませんが、腰椎椎間板ヘルニアは命に別条はないので『症状がなければ構わないでいい、経過だけ診ていく』という病気です」(高相医師)
腰椎椎間板ヘルニアの大きな特徴は、はみ出した椎間板が数カ月で吸収されること。白血球の一つであるマクロファージという細胞がヘルニアを異物とみなし、処理してしまう。そのため、時間をかければ約8割の人が自然に改善する。
「痛みのピークは発症後2~3週間です。1~2カ月で症状が楽になり、3カ月くらいでヘルニアが吸収されて小さくなり消えてしまうことがあります。よって、症状の強い時期を薬物療法で乗り切るのが一般的な治療です」(小田医師)
痛みや神経の炎症を抑える非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)やアセトアミノフェン(商品名カロナール)を第一選択薬として、ほかにプレガバリン(商品名リリカ)、アセトアミノフェン配合のオピオイド鎮痛薬(商品名トラムセット)、筋肉を弛緩させるエペリゾン塩酸塩(商品名ミオナール)、痛みの感覚をコントロールして鎮痛させるデュロキセチン(商品名サインバルタ)などが使われている。作用が異なり、医師によって薬の選択も変わる。
内服薬で改善しないとき、次の段階の治療に2018年に販売が承認された椎間板内酵素注入療法がある。コンドリアーゼ(商品名ヘルニコア)という薬剤を椎間板内に注入し、神経の圧迫を取り除く。また、神経の痛みをやわらげる麻酔薬を注射する神経ブロック療法をおこなうこともある。
「コンドリアーゼはすべての腰椎椎間板ヘルニアに効くわけではなく、椎間板の飛び出し方やその部位によります。椎間板に弾力性のない高齢者には効きにくい特徴もあります」(同)
手術を検討するのは、足の麻痺や排尿障害などがあって手術が必要なケースや、仕事などのために早期に治したい人、日常生活に大きな支障があって早く痛みをとりたい人だ。自分の症状やライフスタイルなどを総合的に考慮し、治療法を決めていくといいだろう。
腰椎椎間板ヘルニアをはじめとする腰や首の手術について、週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2020』では、全国の病院に対して独自に調査をおこない、手術数の多い病院をランキングにして掲載している。ランキングの一部は特設サイトで無料公開している。病院選びの参考にしてほしい。「手術数でわかるいい病院」https://dot.asahi.com/goodhospital/
(ライター・小久保よしの)
※週刊朝日 2020年10月16日号